ここがだめだよ、デビルマン

「ツッコミどころ」満載?!

色々とツッコミどころ満載の映画「デビルマン」。むしろツッコミどころしかないといっても過言ではないほどですが、「おいおい!」「そりゃないよ!」とツッコミながら観るのがこの映画の正しい鑑賞方法なのかもしれません。世間の多くの方がこの映画がここまで酷評される理由について指摘していますが、私も私なりにそれを解説したい思います。

気になった点

主役の演技について

主役の不動明(デビルマン)と明の親友でありライバルである飛鳥了(サタン)を演じたのは伊﨑央登と伊﨑右典という双子の兄弟でした。小さい頃から兄弟のように育ってきた明を了を演じるには申し分ないキャスティングのように感じますが、彼らは二人ともジュノン・スーパーボーイ・コンテスト出身で売り出し中のアイドルであり、演技は未経験だったそうです。棒読みで感情の篭っていないセリフに、なんだかよく分からない決めポーズ、イケメンに胡坐をかいたような無表情さに多くの観客が失笑した事と思います。彼らの演技がもう少しマシな物であれば、この映画の評価も変わったはずです。それくらい「酷評」の多くを彼らの演技の酷さが占めていました。それは彼らのせいではなく、学芸会でも演技したことがないという俳優とも言えない人物をキャスティングしてしまったスタッフのミスであり、ろくな演技指導もせず、幼稚園のお遊戯を見ているほうがマシだと思わせるような演技にOKを出した監督の責任だと思います。もし彼らが万が一大成したとき、デビュー作であるこの映画は彼らにとって消したい過去になるのではないでしょうか。しかし、彼らもあの演技には満足しているらしく、インタビューでは自分の演技を「1000点」と評価しているあたり、ちょっと救いようがないなと思いました。

ぐちゃぐちゃな脚本

原作漫画を忠実に再現した実写版という謳い文句だったこの映画。確かにストーリーの大きな流れはきちんと追っていますし、原作5巻を最後まで描いてはいます。しかし、原作でさえ駆け足で進んだために説明不足なところが多い中、この映画はそれを2時間に押し込めようとして完全に失敗しています。原作で大事だったエピソードを削いだり、重要なセリフを使っているのはいいのですが、全く違う意味を持たせていたりと、登場人物の心情を汲んでいない展開に観客は「?」となってしまいます。全体が細切れのエピソードの単なる羅列に成り下がっており、物語上でなくてはならない場面がことごとくカットされ、逆にこのシーンは意味があるのか?というようなところが多々あって非常に難解です。特にシレーヌの存在が意味不明でした。原作では確かに大事な役回りですし、映画でのシレーヌの変身後の姿はかっこよかったですが、何の前触れもなく現れて明と戦い、了が現れて場面転換すると、それ以降は無かったことのように一度も登場しないという投げられっぷり。ちょっとかわいそうな気すらしました。また、シチュエーションを全てセリフで説明することで観客に伝える手法にも疑問を覚えました。見たらわかるようなことまで登場人物がセリフで説明するので興ざめです。監督は何故この脚本にOKを出してしまったのかしら、と調べてみたら、脚本担当の那須真知子さんは監督の奥さんでした・・・。監督は、脚本家の卵20人くらいにこの映画のあらすじを書かせてみたのだそうですが、どれもしっくりこず、結局奥さんに書いてもらったのだそうです。仲の良いご夫婦で羨ましいですね・・・。

矛盾に次ぐ矛盾

場面展開が支離滅裂で、時系列的に連続しているはずの場面でもいきなり昼から夜に変わったり、海岸にいたはずの登場人物が次の場面では山にいたり、室内にいたはずなのに外から声が聞こえたり、室内では土砂降りなのに外は晴天だったりと、矛盾点が多すぎるのも気になります。どんな大作映画でもミスは起きますから、映画の中に一つくらいは小さい矛盾点はあるものです。ですが、大抵は言われなければ気付かないような小さな矛盾です。「ローマの休日」では登場人物の後ろにあった時計の針が、次の瞬間にはかなり進んでしまっていたり、「チャーリーズエンジェル」ではドリュー・バリモアがルーシー・リューに対して役名ではなくルーシーと叫んだり、「タイタニック」にデジタル時計を着けた人物がいたりと見つけたときに「あ!」と嬉しくなるような、そんな小さな矛盾です。しかし、この映画はきちんと記録していればわかるような、本当に大きな矛盾が多すぎる!映画の作り手として自分が作る作品に愛がないのか、こんなに雑な映画は初めて観ました。また、製作者がこれだけいるなかで劇場公開されるまで誰一人としてこれらの矛盾に気が付き、直そうとした人がいないことにも疑問を持ちます。あるいは全て作り終えた段階でこれらのミスに気が付き、もはやどうにもならない状態だったのかもしれませんが、「お粗末」にも程があると声高に言いたくなります。

無駄なカメオ出演

突然なんの脈略もなく芸能人がカメオ出演しています。海外のニュースキャスターとして出演しているボブ・サップはギリギリ許せるとして(全然いらない役でしたが)、隣のおばさん役の小林幸子や一声叫んで絶命する小錦など、全く意味をなさないカメオ出演が非常に腹立たしかったです。こういう謎のカメオ出演って結構ありますが、毎回「これ、だれが得するの?」と思わされます。小林幸子や小錦のファン層をこの映画に取り込めるとは思えませんし、この映画の客層が彼らを見て喜ぶかと言ったら喜ばないでしょう。誰に向けて、どこに向けて作っているのか、根本的な目的がはっきりしていないからこんなブレたキャスティングになるのだと思います。この人たちを出す時間を削って、もっとストーリーに厚みを出すことだって出来たはず。また、彼らのギャラを削ればもっとCGにこだわったり製作期間を伸ばしたりも出来たのではないでしょうか。

戦闘シーンが残念

「アニメと実写の融合」という新しい表現を使った戦闘シーンが残念すぎます。特撮アクション映画の最大の魅力は戦闘シーンだと思うのですが、その演出がダサいのです。これには本当に困りました。ストーリーが面白くなくても、たとえ主役が下手くそでも、戦闘シーンが迫力があって見応えのあるものだったら、映画館で観たことに価値を見いだせたはずです。しかし、10億円かけたという戦闘シーンのCGは迫力がなく、時折混ざる手描きの絵に集中力を奪われ、演者の下手くそな効果音に興ざめするという、特撮映画として最低の結果となっていました。また、肝心のデビルマンが闘うシーン自体が少ないというのもかなり残念でした。主なデビルマンの戦闘は、シレーヌとの戦いとラストの了との戦いのみで、それらも2時間ある映画の僅かな時間しか使われていません。特撮映画で重きを置く場所であるはずの戦闘シーンがおろそかになっていては、評価が上がるはずもありません。

デーモンがダサい

敵キャラクターが魅力的な映画は良い映画だと思うのですが、「デビルマン」はその敵であるデーモンたちがことごとくダサいのが残念です。特にシレーヌの半人間体の時の衣装は観ていて恥ずかしいレベル。戦隊ヒーロー物の敵キャラクターの方がカッコいいデザインだと思います。ほとんどがCGに頼った雑なデザインで、デーモンたちに対する愛を微塵も感じられませんでした。あとシレーヌ以外のデーモンが弱すぎたのも気になります。その他大勢みたいな扱いで次々デーモンが死んでいくので、これならデビルマン一人でも全然倒せるね!と全くハラハラドキドキしませんでした。また、デビルマンの半人間状態の時も出来損ないのビジュアル系歌手のような中途半端さで、スピードスケート見たいな決めポーズと相まってとても残念な出来栄えでした。フルCGのデビルマンや変身後のシレーヌはそれなりにかっこよかっただけに、もう少しほかのキャラクターにも配慮してほしかったなと思います。

まとめ

全体的に、原作への愛が感じられないのが残念でした。デビルマンが生まれた意味や、本当に怖いのは人間だというメッセージが、実写映像になると希薄に感じられ、ストーリーも印象的なエピソードだけかいつまんでいるので全く共感できず、これでは本当にただ漫画を実写にしましたというだけで「映画」として成り立っていないように感じました。これなら予算が無い分、Youtubeに投稿されている素人の実写映像の方が幾分かマシだと思います。「デビルマン」という確立された作品が原作で、予算も時間も潤沢にあったはずなのにどうしてこうなってしまったのかと考えると、やはり原作への愛が足りないのではと思わされます。監督・脚本家はもちろんのこと、出演者全員、スタッフ全員に原作を読んでもらい、良い物を作ろうという意識を持って作っていれば、もう少し観るに堪えるものが出来たのではないでしょうか。映画を観るまでは、世間の酷評に半信半疑でしたが世論は正しかったです。どこまで酷いかは、ぜひ自分の目で見て確かめてください。

映画「デビルマン」について

永井豪の名作!「デビルマン」!

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